農業水利のためのアーチダム(小矢部川水系刀利ダム:堤高101m,ダム頂長:229m,1966年竣工)
1943年 12月生まれ,京都市出身
1967年 3月 京都大学農学部農業工学科卒業
1969年 3月 京都大学大学院農学研究科修士課程修了
1969年 4月〜1981年 2月 京都大学農学部農業工学科 助手
1981年 3月〜1996年 6月 東京農工大学農学部 助教授
1996年 7月〜1998年 7月 東京農工大学農学部地域生態システム学科 教授
1998年 8月〜現在 京都大学大学院農学研究科地域環境科学科 教授
現在の担当分野 施設機能工学
現在の専門 農業土木学
バンコクで講演する筆者(1995)
農業生産の拡大は文明の進歩と歩調を合わせています。今日農業生産のあり方は、我が国内の問題としてのみでなく地球レベルで見直される必要に迫られてい ます。この研究分野では農業生産を円滑に行うのに、農地および農村地域の物理的条件−−つまり必要なだけの農業用水の確保や農地排水の実現、農用地の新たな造成、農村環境の改善、農地における災害の防止、営農に必要な大規模構造物の建設、他産業や環境との融和等−−を整えるために土木構造物の建設をもって 貢献することを研究しています。
ダムは最も重要な研究課題の一つです。ダム建設は紀元前3千年の昔から、人類が挑戦してきた土木技術の集大成です。我が国のダムはその数でみますと、かんがい目的のものが全体数の60%を占めており、農業生産のためにいかにダム建設が役立っているかが分かります。この研究分野では数あるダムの課題の中で、地震動を受けた場合のダム本体や、取水塔等、付帯施設の挙動にも注目してきました。この問題の最終目標は、予想される地震動を受けても破壊しないよ う、目的とするダムを最も経済的に建造することです。
1995年の兵庫県南部地震では、これによる阪神淡路震災の都市災害があまりにも大きかったため、多くの中小ダム(溜池)が被害を受けたことは社会的にはあまり知られてはいません。その外にも農業用水路も多数の地点で被害を受けました。この地震によっては幸いにも大型のダムが崩壊するような事態は発生しませんでしたが、現在の耐震設計法が理想的なものであるとは多くの識者が思ってはいません。
この課題の解決には、ある仮説に基づいたシミュレーションによる地震時のダムの予測を行い実物ダムの地震時の挙動観測との一致をみて理論の正当性を確認するという作業を繰り返します。現在の技術レベルではまだまだ未知の要素が多く、最終目標への問題は山積していますが、一歩ずつ目的に近づくようスタッフ 一同努力しています。
また、土木建設材料の代表は鉄筋コンクリートと鋼材、土および岩石です。これらに関する材料力学の知識が必要です。次いで必要なのは数値シミュレーションに用いる様々の計算機科学です。これは現代の構造解析に広く適用できる技術を与えます。さらには構造物の物理計測が必要です。
こうして河川の中流部を堰止めて取水する設備(我々はこれを頭首工と呼んでいます)や水路、機場(揚水、排水ポンプ等を設置する建物)の設計、土構造物や人工斜面の安定問題、地滑り対策工法の研究、穀物貯蔵サイロの安定問題、農道整備に関わる長大橋梁の解析演習といったテーマに取り組んでいます。
またこのような灌漑・排水の基幹施設の建設は途上国にとって非常に重要な課題ですので、途上国の技術援助にも積極的に取り組んでいます。
1.ダムや一般構造物の地震時挙動に関する研究(1969 〜 1996)
地震国である日本は、構造物の耐震設計に関しては、諸外国に比べても耐震設計に関する取り組みは、積極的です。4年に1度開催される国際地震工学会議においても、日本の研究発表件数は最近1番です。
現在まで最も多用されていた耐震設計法は、震度法と呼ばれるもので、地震によって構造物に作用する力を、その自重の何分の1かの大きさの時間的に変動しない力が、水平又は若干水平より下方に傾いた方向に作用すると仮定する方法です。この方法で種々の複雑な構造物の耐震設計も比較的簡単に行うことができます。しかしよく見ると構造物やそれを支える基礎地盤は地震のときには、この仮説のように時間的に一定の方向や大きさの力を受けたようには挙動せず、振動していることが明らかです。だからこれは振動の問題として扱わなくてはならないという考えがこの30年間程の研究者の一致した見解です。
しかし振動問題として耐震設計を実現するには未解決な色々な問題があります。最大の問題は地震の様々な性質を予測することです。
フィルダムという代表的なダムの形式の一つがあります。これは貯水を堰止める方向にほぼ二等辺三角形の断面の土や岩石からなる人工的な大堤防を作り、谷をせき止めるものです。通常その内部には、水の浸透を抑止するため粘土分を多く含む土を締め固めたゾーンがあり、これをコアまたは芯壁と呼びます。古来灌漑のために無数に作られてきた溜池と呼ばれるものは、その小規模なもので、堤防全体を比較的透水性の小さな土で作ります。
このダムが上下流方向に大きな地震動を受けると、一般には堤防と平行な方向に亀裂が発生します。さらにこの動きが昂じると、その亀裂を発端として、堤防の斜面を構成する土塊の一部分が下方に滑り出してしまいます。 この問題に対して、やはり振動論を用いて地震時の挙動を数値解析しました。地盤を含めたフィルダムの上下流方向の振動がどんな形の振動を発生し、どの辺りに振幅の集中があるのか、ということを、盛り立てる土や地盤の硬さによって、その振動の様子がどのように変るのかを明らかにしました。このような解析の中では1970年代に完成をみた有限要素法という手法を用いました。このような情報が、将来的な耐震設計法に組み込まれるべきだとの考えをもってのことです。
また現在あるダムの耐震性能の判定ということは重要な課題ですが、そのために、ある任意のダム地点に発生する地震規模を推定して、エキスパート理論というものを用いてその耐震性能を判定するというシステムを提案しました。
さらに私たちはここ5年来、大学内で有感地震の加速度の観測を続けておりデータを集積しています。ここで集積した加速度の工学的特色を議論しました。幸いAクラスの地震は記録されておりませんが、こうした小さな地震の記録に含まれている近接建物の影響と提案されている予測式の相違を論じました。
2.干拓堤防の振動挙動に関する研究
干拓という技術は、農用地の開発のため江戸時代から用いられてきた方法で、比較的浅い湖面や海面を外水面から人工堤防で締め切り、内部の水を排除してその湖底を用地として活用する方法です。オランダでは歴史的に大きな国家事業として行われています。
干拓堤防は外洋と堤内地を区切る生命線です。この堤防の代表的な部分の作りは、海底の軟弱粘土堆積層の上に砂質土を盛り上げて作りますがフィルダムのように締め固めは一般に行いません。従って地震に対する安定性には未解明の部分があります。
私たちはこの堤防の地震時の振動がフィルダムのそれとどのように異なるのかを現場計測と解析をもって調べました。又液状化現象の可能性についても調べました。
結論として、(1)線状構造物として部位的に弱い場所を発見することが重要であるがその判定には微動計測が有効である、(2)地震波の入射方向が大きく挙動に影響する、(3)表面波の挙動に注目すべきである、(4)液状化抵抗を増すには、堤内地排水溝等を設置することによる地下水位低下が有効である、等を得ました。
3.コンクリート構造物の力学挙動に関する研究
フィルダムにはその管理や応急処置を目的として監査廊と呼ばれるトンネル状構造物が本体の底部に設けられます。これは鉄筋コンクリートで建設される事が多いのですが、そのコンクリートの発熱(コンクリートは硬化する際発熱し、それが原因でコンクリートの品質の悪くなることがある)挙動を解析し、クーリングの効果を調べました。
又比較的単純な構造物(ファームポンド等)の建設経費の経済性を目的とした最適設計の手法を提案しました。さらに又、籾やメイズ等の穀物を貯蔵する円筒形サイロの塔体や基礎の設計法について詳細解析から議論をしました。
1.コンクリート・ダムの合理化施工法に関連したマスコンクリートの温度応力問題の解明(1994 〜 現在)
従来コンクリートで造るダムはその手順や材料の面からフィルダムに比べ経済的には劣る場合が多く見られましたが、(1)コンクリートの品質を抜本的に変革し経済的且つ発熱量の小さなものにする、(2)従来からの手間数のかかる施工法を改め効率的な締め固めと打設の連続手順を開発する、の二方法で対応するというのが、いわゆる「合理化施工法」と呼ばれるものです。
私たちは品質の決め手となるコンクリートの温度挙動の解析と観測を計画しております。解析には高機能の有限要素法を用い、実際の重力式ダムの連続施工手順(リフト)を表した解析を手がけております。解析は先ずコンクリートの発熱の性質を実験で求め、これに現場の温度条件(気温の日変化)や、コンクリートが打設される場所の条件等細部の条件を導入して温度の変化を先ず予測します。
次にこの温度変化を用いて熱応力(固体の内部に温度変化によって生じる膨張や収縮が周囲から拘束されることによっておこる力)を解析します。
こうして合理化施工法によっても、最も心配なひび割れ発生が回避できるかどうかを検証しようとしています。
2.取水塔の地震時挙動の解明(1994 〜 1998)
取水塔とは貯水池の水を利用するために池内に設けられた塔のことです。従来こうした付帯設備の耐震性に関してあまり関心は払われていませんでしたが、その観測を通じて耐震性能を論じようとしています。
計測は観測機器の配置が不十分なためにデータが十分に得られず苦労していますが、ともかく先ず理論と観測の一致をみるよう、いわば一種の逆解析のようなことを行っています。
現在対象としているものはコンクリート塔体のものです。一般にこのように剛な構造物が水中で振動を生じる場合には、水がその固体に影響を与えることが知られていますが、取水塔の場合にその効果がどれほどであるのかを理論により解明したいと考えています。
3.構造物の健全度診断技術開発(1998 〜 現在)
最近10年余、日本の土地改良事業において新規に大型プロジェクトが展開される余地は少なくなり、むしろ過去40年程度に亘り、先人たちが構築した基幹施設の老朽化とこれに伴う機能劣化や安全性の低下に対する対策が中心的な課題になりつつあります。
このためには、本来の事業計画の本質を維持しつつ、機能低下の著しい構造物の更新事業が中心となっています。これ等に必要な技術は今までに開発されてはおらず、官民連携を中心とした新規技術開発が重要となります。 我々の研究室はこのような視点の下、構造物機能のより正確な把握技術の開発に努めています。特に、打音法、電気探査法、AE法、非接触赤外線映像判定法、振動伝播特性観測等による非破壊検査、更には衛星データを利用したGISの活用に関する研究を行っております。 これらの目的は、第一に水路やダム等の大型構造物の性能劣化部をより精度よく非破壊で検知すること、第二に広範な地表、地中の物理量の分布探査の精度を向上させ、人間の営みや自然災害により将来発生するであろう諸問題を予測し、対策を提案するものであります。